トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre_6−みえている世界

Chapitre_6−みえている世界
ツバサ−WoRLD CHRoNiCLE−ニライカナイ編 ストーリー紹介
〜異世界を渡り、届けるのは、約束の義手。〜

 小狼の後ろで、明らかな戦意を持つ黒鋼とファイ。敵意ある者の気配を感じない小狼は、戦闘態勢に入る彼らを諫めるように声かける。そこに、横から老婆がすっと左手を小狼の肩に伸ばす。
「危ない、小狼!!」モコナが叫ぶ。
ちっ、と黒鋼は刀を手にした右腕で小狼をはね飛ばす。ファイも、詠唱した魔法で老婆を弾き飛ばす。
「何をするんだ!!」
「おまえこそ何してんだ!!」
彼らの大声に寄せられるように、何人かの島民が集まってくる。
「やだ、こわいー!!」
モコナは泣きながらファイの肩に飛び移る。
「斬るつもりか!?」
小狼の問いかけに、黒鋼は構えを崩さぬまま「あたりまえだろう!」と即答する。
「どこがあたりまえだ!
 ここは確かに『裏』のようだが、表のニライカナイと変わらない人達を攻撃するなんて!」
小狼は、咎無き島民達に今にも襲いかからんとする彼らの暴挙を食い止めようと、身を挺して訴える。
だが、彼らの反応は、小狼の予想とは全く異なるものだった。
「あ?」
「…え?」
小狼は、我が目を疑い、島民の方を向き返る。そこに居るのは、やはり穏やかな表情をした島民達だ。
「とりあえず、ひとが居る所から離れよう。」
ファイが提案するや、すぐさま黒鋼は「来い!」と叫び、小狼の手を引き全速力で駆けていく。
 
息を切らせながら、三人は小高い丘にたどりつく。
「追っ手は。」
「…来てないね。」
なおも緊張の糸を張り詰める黒鋼とファイに、小狼は改めて訴えかける。
「さっきも言ったが、表のニライカナイとここは風景もひともかわらないだろう?
 いや、もっと眩しいぐらいで」
「ああ?」
やはり、合点がいかない黒鋼。
ファイは事態を冷静に分析し、一つの結論に達する。
「…どうも、オレ達がみている『裏』のニライカナイと、小狼君がみているものとは違うようだな。」
「どういう意味だ。」
「目を閉じて。」
ファイは、目が閉じられた小狼に、魔法をかける。
「これで、今オレが見ているものと同じものがみられる筈だよ。」
小狼は、ゆっくりと瞼を開く。その瞬間、彼は眼前の光景に錯愕する。
 光あふれていたはずの世界は、濃い瘴気に覆われる暗黒の世界。
 豊かな緑をなすはずの大地は、根が上がり、枝は葉を落とし蜷局を巻く。
 草木を渡り舞う数あまたの蝶は、血に飢えた小翅(こばね)を持つ魑魅魍魎(ちみもうりょう)。
 あちこちに流をなしていた生命を潤す滝の潺(せせらぎ)はどこにもなく、ただ荒涼たる大地に吹きすさぶ風の音が響くばかりであった。
「これは…!」
小狼は振り返り、ファイの方を視る。そして、再び驚愕する。視界の先に写るのは、己が姿だったのだ
「?!」
「オレの視界を小狼君に映したんだ。
 オレ達には、『裏』に来たときからずっとこんなものがみえてたよ。」
小狼は、顧みる。この世界で目にした、穏やかな表情の、島民達。
「あのひとたちも…」
「すごくすごく怖かったよ…。
 みんな血も流れてて、小狼が襲われちゃうかと思ったの…。」
モコナは懸命に、モコナが見たなりの、一切の包み隠ししないこの『世界』の『姿』を小狼に伝える。
「もう一度、目 閉じて。」
ファイは、新たな試みをする。魔法で、小狼自身の目で、彼らと同じ『世界』を共有することを。しかし、それは失敗に終わる。
「小狼君自身の視界でオレ達と同じものをみるようには出来ない…。」
「何故だ。」黒鋼の問いかけに、ファイは答える。
「…小狼君が、あの姫神様が言ってた『黄泉に触れたもの』だからかも。」
その言葉を聞きながら、小狼は意を決した。
「…術を解いてくれ。」
「でも!みて危ないかどうかわからないままだと小狼が!」モコナが引き留める。
小狼は、目を閉じたまま、彼が立てた『仮説』を説明する。
「それでも、おれだけが違う景色をみる事に意味がある筈だ。」
ファイは、黒鋼の方を向く。モコナは依然として不安げな表情であったが、黒鋼は小狼の言葉に真理を垣間見、首を縦に頷く。
ファイは、小狼に施した術を解く。
小狼が再び自らの瞳で見る世界。そこは、やはり陽光あふれるニライカナイの姿だった。
「他人の視界で何が起こるかわからねぇこの場所で動くより、
 まだ見えているものが真逆なほうがましだろう。」
黒鋼は、小狼の意を汲み、自らの考えを口にする。だが、
「おまえの目にどう見えていようが、俺が命に関わると思ったら、全てたたっ斬る」
と、己が信念に基づく言葉を、しっかりと付け加えた。
 
「さて、これからどうしよっかー。」
 軽い口調で尋ねるファイ。今の彼らは、この世界で、進むべき道標を持っていない。しかし、小狼はまっすぐ右手を伸ばし、指さす。
「あそこ。
 凄く強く、光ってるんだ。」
…………………。
その言葉を聞いた瞬間、黒鋼とファイの表情がやや強ばり、モコナは明らかに身震いをはじめる。小狼の眼には強い煌めきを宿す双峰の山だが、彼らの眼にはおどろおどろしい瘴気を発する双頭の龍にしか見えない。
「おまえはどうしたいんだ。」黒鋼は、尋ねた。
「行ってみたい。」小狼の答えは、明瞭だった。黒鋼は、何も言わずに足を踏み出す。ファイもまた、「ここでは小狼君のカンに従うのが一番の近道だろうねー。」と、自らの感覚を敢えて殺しながらも、小狼の判断を尊重することにした。
「…ありがとう。」
目的地は、定まった。
 
3人は、歩を進める。
ぴくり。黒鋼が、殺気を感じる。
次第に、近づいてくるいくつもの跫音。それは、血に飢えた何匹もの獣のものだった。
ファイは、右腕を伸ばし、小狼の視界を遮る。剣を振るう、黒鋼。血飛沫が舞うが、それでも黒鋼は峰打ちで済まさんとする。だが、程なくその計らいが徒労に帰すことを知る。黒鋼の愛刀、銀龍を咥える獣。その表情には、余裕すら感じられる。他の獣たちも息を吹き返し、一斉に黒鋼に襲いかかる。もはや、万事休す。黒鋼は遠慮無く太刀を振るい、獣たちを一刀両断にする。
そこに、築かれたいくつもの屍を踏み越え、双頭の巨犬が黒鋼の前に立ちはだかる。巨大な咆哮。黒鋼はひるむことなく対峙し、それを一太刀に仕留める。
 
 全てが屍と帰した後、黒鋼は小狼に向けて言葉を掛ける。
「…小僧、下は見ずに来い。」
 視界を遮られていたとはいえ、小狼も察しが付いていた。黒鋼に、「怪我は。」と慮る。
「してねぇよ。」
「ここは忍者っぽい人に任せよ、ね」ファイの言葉に、
「忍者だ、つってんだろ。イロモノ魔術師」
「ひどいー。オレ、魔術ちゃんとつかえるよー。」
と、いつものやりとり。
「こっちでいいのか。」
「ああ。」
黒鋼の問いかけに、小狼は応じる。視線はまっすぐ、光を抱く、山の麓へ。