トップページデータノートストーリー紹介【ツバサ−RESERVoir CHRoNiCLE−】

Chapitre.13−再会

小狼は、横たわっていた。煌めきに満ちた、洞窟のような空間の、泉に浮かぶ大岩の上で。
目を、醒ます。体を、起こす。辺りを見渡し、己の体を見つめる。
「傷が、痛まない…。
 …出血が、止まってる。」
先ほどまでの苦しみが、嘘のようだ。
しかし、その事をすんなりと受け入れる小狼ではない。
右手をかざし、振り上げる。
「何も、動いていない…。
 まさか、ここには…」
「時間というものがない。」
仮定の答えを、告げる人物。
小狼は、その声の主を見つけて驚愕する。
それは、彼が逢いたくても逢えなかった人物。
「…小狼…」
彼を基にしながらも、彼を下に生を受けた存在。そして、ファイ・黒鋼・モコナとの旅路を、異世界に居ながらも共に感じ、歩んできた存在。それが、いま彼の眼前に立つ、「もうひとりの『小狼』」だ。
「夢じゃ…ないんだな」
再会を望みながら、改めてその前に立つと、継ぐ言葉が見当たらない。
「ああ。ここは、夢の中とは違う。
 御嶽の中だ。」
「本当に…本当に…居るんだな…
 今、ここに」
「居る、という事がどういう意味なのかによるけれど」
熱を帯びた小狼に対し、もうひとりの小狼は落ち着いて、そして温かく答える。震えながら伸ばした小狼の右手をしっかりと握り、彼がここにいることを確かめさせるように胸に当てる。
小狼は、駆け出していた。そして、もう一人の小狼の胸に飛び込む。
「…会えた…。また…」
こらえきれない、言葉に出来ない想いを、ありったけ表に出して。
「ここが御嶽の中なんですね!」
二人の再会をよそに、きょろきょろと『御嶽』の中を見渡しながら少女が言葉を発する。
「良かった。あの子も中に入れたんだな。」
小狼は、安堵の念を言葉にする。が、もう一人の小狼は、瞳を閉じて答えた。
「…そう望んだから」
「え?」
驚く小狼。もう一人の小狼は、無言でまっすぐな瞳を向ける。
「やはり貴方は『神の力(セジ)』をお持ちなんですね!」
歓喜を隠さない少女の言葉の意味を、小狼は浮かれることなく、もう一人の小狼に問いかける。
「小狼。
 『セジ』って何のことか分かるか?
 あと、ユタのことを……」
と、言いかけて、言葉を呑む。
「ああ、違う…。
 何故…、ここにいるんだ…」
彼は、求めていた。この世界の、真理を。その一端を、おそらく眼前に立つ彼は知っている。それでも、『問いかけ』という『つぶて』、そして『答え』を得るということが、この世界にどのような『綾』を描くかをまだ見極められない小狼は、いかなる『問いかけ』が『正しい』のかを探していた。
「あの…
 どなたと話してらっしゃるんですか?」
無垢な少女は、素直な問いかけを小狼に発した。
驚きの表情を浮かべる小狼。眼前に立つもう一人の小狼は、まっすぐに彼を見据えていた。表情を変えることなく、そして言葉も発することなく、小狼自身の気付きに訴えかけるように。
「何!?」
神聖なる御嶽の空間から放り出された3人は、もと居た場所であり、小狼が残る巨木の変化を凝視していた。
「あそこ、動いてる…。」
「…胎動してるみたいだね」
「何が起こってるのかな…。
 小狼、大丈夫かな!?」
モコナとファイは、不安を隠さない。
「わからんが。」
黒鋼は、冷静に応じるが、おもむろに刀を抜き、彼らの傍を舞う蝶を両断する。
「いい加減にしろよ!覗き野郎!」
「やっぱり見つかっちまったか」
「乱暴な」
両断した蝶から、煙と共に二つの『目玉』が現れる。
「黙って覗いてた奴らに、四の五の言われたくねぇ」
「そりゃそうだ」
声の主は、右近と左近。表のニライカナイで彼らに応対した、姫神の従者だ。
「申し訳ねぇな、客人達。これがこっちの役目なもんでな。」
「役目?」
ファイの問いかけに、右近は感情を交えずに答える。
「右と、左。
 両の目でユタを見守り、それを姫神に伝えること。」
「魔法でずっと見てたの?」モコナは驚く。
「ずっとだと良いんだが、色々制約があってなぁ。
 『こちら』から『そちら』側に干渉することはできない。
 力の全てを使っても、そっちのものの『眼』を借りることができる程度。」
彼らは事実を包み隠さず答える。
「それで視線があっちいったり、こっちいったりしてたのか。」
黒鋼は、合点がいったようだ。
「で、伝えられた姫神様は今の状況を何て?」
ファイは、尋ねる。微笑みという名のオブラートを包まずに。
「『選ぶのはユタだ』、と。」右近の答えに、
「放ったらかしって事かよ」ぶっきらぼうに、黒鋼が呟く。
「違う。
 『出来る事をする』、と。
 夢の中で逢った姫と」
「え!?」
予想外の答えが、さらに続く。
「客人達の良く知る花の名前の姫と、だと」
「サクラちゃん!?」
「…小狼が、御嶽の中に入った。」
うっすらと瞳を開けた姫神が、さくらに告げる。
「もう逢った…?」
「御嶽が胎動し始めたと、視ていた二人が教えてくれた。…逢った筈だ。」
さくらは、右の掌をぎゅっと握りしめながら、叫ぶ。
ずっと、逢いたかった。私も、貴方も、もう一人の私と貴方に。…でも…!
…声には出さないまま、彼女は憂う。小狼の想いと、それが叶った先の未来を。
「でも…!」
小狼が叫ぶ。
「小狼だ!
 おれだけは間違えない!小狼!!」
眼前の小狼の眼差しは、動かない。
「答えてくれ!
 何故、ここにいる!」
彼は、瞳を閉じる。そしてゆっくり開き、小狼に言い放つ。
「小狼が選んだからだ。…自分自身で。
 そして、選ばなければならない。」
「…何を」戸惑いながら、小狼は返す。
「ユタとして。
 この世界のすべてを。」