トップページデータノート「XXXHOLiC」ストーリー紹介(コミック版)

第194話

《xxxHOLiC・籠》第194回
  ヤングマガジン:2010年3・4合併号:2009.12.21.月.発売
 
部屋の中,障子のそばで,君尋は三味線を爪弾いている。
てぃん
うなりはじめた。
「恋に焦がれて 鳴く蝉よりも」ててぃん
「啼かぬ蛍が 身を焦がす」てぃん
どどいつ〔都々逸〕だ。
ふと感じて,すわったまま障子をあける。
「達者になりやしたねぇ 御店主」
「月兎屋きせる」と書いた屋台を引いて,庭にウサギが立っていた。
 
「師匠が良いからな」と君尋
「その別嬪さんが夢枕に立って 手取り足取り教えてくれると申し出たんでやしょう」
ウサギは三味線を見て言う。
「但し,撥(ばち)は使わないで,な」
君尋のことばに,縁側に腰かけた相手は合点する。
「それで小唄ねぇ」
まださっきのともう1曲しか,と縁側に身を乗り出して言う君尋に,姐(ねえ)さん方口説くにゃ充分とウサギ。どこにいるんだと君尋が返す。
 
「そっちの別嬪さんのご機嫌はいかがなもんで」
タバコ盆の上で,煙が立ち上っていた。
ご機嫌斜めかもと聞きつつ受け取ったものを,ウサギはじっくりと見ている。
「なんど見せていただいても,惚れ惚れする煙管(きせる)でさぁなぁ」「羅宇(らう)屋冥利に尽きやすぜ」
外の世界じゃもう羅宇屋はほとんどいないらしいから助かる,と君尋は話す。
羅宇は少し裂けていた。
「別嬪は優しく扱ってやらにゃあ 逃げられてもしりやせんぜ」
言われて,君尋は,大事にしていたが昼間にひっくり返って落としたことを説明する。
「また『白河夜船』ですね」
目の端で相手を見ながらぼそっと言うウサギ。ちょっと居心地悪そうな君尋の顔。
「夢を視るのも御店主の仕事の内なんでしょうが」
「過ぎると夜船からおりられなくなりますぜ」
「‥‥分かってるよ」
縁側の庭寄りまで出ていた君尋は,静かに答えた。
 
羅宇は取り替え,雁首(がんくび)と吸口(すいくち)をみがくことにして,仕事が始まった。
はずした吸口と雁首は,屋台にすえられた不可思議なしかけのガラスの筒に入れられ,魚のようなモノが群れて穴への出入りを繰り返している。
「何回見ても面白いなぁ その魚みたいなの」
「こいつらは ヤニが大好物ですから こうやって羅宇車の中にいりゃ 腹はいっぱいになる あっしは商いができる」
言いつつ,ウサギは羅宇用の竹管が並んだ箱を持って君尋に向き直り,色を聞く。
「‥‥‥紅(アカ)」
ウサギは,その1本を取り上げると,指を小刀に変えてしかるべき長さに断ち,雁首と吸口をねじこんだ。全体を見回し,布でみがいて一丁上がり。
 
君尋はさっそく吸ってみる。
「‥‥美味い」
「自分でも出来るだけ手入れはしてんだけど やっぱり こうはいかねぇなぁ」
「素人さんができるんなら あっしら玄人は商売あがったりで」
 
礼を言った君尋は,いつものようにずんだ餅は作ってあるが,羅宇も替えてもらったから足りないと,思案する。
「だったら 御店主 ちいっと我が儘をきいてくれやすかい」
と,ウサギ。
「なんだ?」
「『いらっしゃい』と言ってやってくだせぇな」
「来てるじゃねぇか」
「まぁ お代と思って」
「‥‥それでいいなら」
ひと呼吸おいて君尋は言った。
「『いらっしゃい』」
 
かっ
ハイヒールで地面を踏みしめソレは現れた。
「お招き」「ありがとう」
あの女郎蜘蛛が……。