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第213話

《xxxHOLiC・籠》再開第9回(第213回)
  別冊少年マガジン:2011年3月号:2011.02.09.水.発売
 
縁側でいつもの2人が飲んでいる。
「侑子さん」「だったのか」
「すぐ,目が覚めちまったから」
答える君尋は,少し気落ちしていが,今まで侑子が夢に出てきたことはないこと,誰が見せた夢かわからなかったことを話す。さらに,侑子の姿を夢だとしても見せるのは,よほど力があるものだと説明し,言い切った。
「次は おれが出来るすべてで術を張る」「あの夢の続きを視る為に」
 
闇の中。君尋は,魔法陣を展開し,飛んでいるアゲハを術の力で表面を網のようにおおった球体に閉じこめた。
「今度はそう簡単には逃げられないと思うんだけど」
中からは,逃げたのではないと意が伝わってくる。
「なら,教えてくれないかな」「これは誰の夢で 何の為におれに視せているのか」
「それに‥‥」「あの 後ろ姿は‥‥」
しかし,尋ねているさなかに「網」がちぎれ,またも蝶は飛び出てしまう。
一番力が強くなる夢の中で術を破られるのは,もっと強い術者の夢の中だからか。悟った君尋は,思い当たった。
「まさか」
 
蝶は,差し出された左手の中指にとまった。君尋の顔を見つめて立っているその人は……。
「‥‥侑子 さん」
 
うっすらと涙をにじませ,走り寄ろうとするが,その足が止まった。
「‥‥動かない」
侑子は,ただじっと,そんな彼を見つめている。
「これは 侑子さんの夢ですか」「だから」「またこうやって動けないんですか」
そのとき,君尋は,夢のほころびに気づいた。周囲の所どころに,闇自体が欠落したような空白が,散らばっているのだ。
「もっとずっと昔に」「侑子さんが視た夢なのか」
 
侑子が左手を上に伸ばすと,つり金具のついた鳥かごが現われた。中には1羽の鳥。無言のまま,かごのとびらをあけると,鳥は,蝶と向き合ったあと,その目を君尋に向ける。蝶は,かごの前から飛び去った。
「そうか」
君尋が言うのと,鳥がかごから飛び立つのが,同時だった。
「もう そんなに経っていたんですね」「この店を継いでから」
鳥はアゲハを追うように飛んで行く。
視線を落として,君尋はつぶやいた。
「それでも‥‥」
「空白」はどんどん広がり,侑子の姿もかき消えていった。
 
満月の下,縁側には着流しの2人がいた。
へりに腰かけて煙管を吸っている君尋が説明する。
「侑子さんが 昔,視た夢だな」
「おれに教える為に残していったんだろう」「もう力は充分強くなってて」「この店に籠もる必要はないって」
「いつの間にか それだけの時間が流れてたんだなぁ」
「そういえば あったな,こういう話 題名にも夢がついてる」
「『夢十夜(ゆめじゅうや)』か」
そのことばに,にっこりうなずく君尋。
「そう それ」「あれは百年待ったんだっけ」
「おれが店を継いでからは もっと長いけれど」
そう言うと,脇の顔をあらためて見つめた。
「本当にそっくりだな」「おまえの曾祖父(ひいじい)さんと」
「そんなに似てるか」
「似てない所を見つけるのが難しいくらいな」「ま あいつもお祖父(じい)さんそっくりだったから そういう家系なのかもしれないけど」
「会えて良かったか 夢でも」
「‥‥そうだな でも」
「あのひとが置いていってくれた夢が綻びるくらい待っても まだ逢えないんだな」「本当の侑子さんには」
それを聞いて,ひらめいたことがあった。
「‥‥忘れたくならないか」「侑子さんの事」
「‥‥いや」
君尋は,目を閉じて笑みを浮かべた。
「それに この店から出られるようになっても」「おれは店を続ける」
「侑子さんを待つ為に」
「‥‥そうか」
 
「さて,飲むか」
君尋が,片膝を立てた。
「おう」
答えて,立ち上がると,
「ウィスキー ロックで」
笑顔で注文される。
「分かった」
歩きだしたが,腕をふところに入れて取り出したのは,タマゴ……。
「これは」「まだ使う瞬間(とき)じゃないらしい」
「あいつは 今でも 侑子さんの事を忘れてしまうほうが」「辛いだろうから」
 
君尋は,縁側で,片膝を立て満月を見上げながら煙管をくゆらせていた。
 
│ きっとまた会える。店主は何夜でも待つ。それもまた,幸福の一つ。
│           「xxxHOLiC・籠」・完