ロック、ブロック、ブレーキのうちでもっともわかりやすいのがこの「ブレーキ」でしょう。ブレーキは高速で走る列車を停車させるのには必要不可欠なものです。「異常を発見したときに、直ちに列車を止めることができるのか」は、ブレーキ性能にすべてがかかっているといえます。 前節で述べた、イギリスでの鉄道開業初日に起きた最初の人身事故のとき、加害者となってしまったSLの運転士は、線路上にハスキッソン卿の姿を認めたものの、どうすることもできませんでした。止めたくても止められない。それが当時の鉄道のブレーキでした。 そのブレーキは、現在のようにすべての車両にブレーキがつけられたものではなく、機関車の後ろにある炭水車に、厚い木のブロックを車輪に押さえつけて速度を落とす『手ブレーキ』と呼ばれるシンプルなブレーキシステムが付いていただけでした。そのため、停止のための措置を執っても、実際に止まるまでには時間も距離も長くかかります。 現在の鉄道車両は、車輪を鉄板に挟み込むようにして回転を抑える=前に進む力を抑える「ディスクブレーキ*1」や、ブレーキをかけたときにモーターを発電機として作用させ、発生した電力を架線に戻してほかの電車が使えるようにする「回生ブレーキ」などさまざまなブレーキが存在します。そのブレーキは、一つ一つの車両すべてについています。が、当時は機関車の後ろにある炭水車と、「ブレーキバン」とよばれるブレーキをかけるための客車だけ。それも、回転する車両の上から、厚い木のブロックを押さえつけるだけの、シンプルな『手ブレーキ』と呼ばれるものだけだったのです。そのため、停止のための措置を執っても、実際に止まるまでには時間も距離も長くかかります。このことが、多くの事故を巻き起こす大きな原因となったのです。 「当時の列車は速度が遅かったから、ブレーキ力が小さくても大丈夫でしょ?」 という声が聞こえてきそうですが、鉄道のスピードアップはこのころからすでに始められていました。 1800年代半ばにはアメリカで時速100kmで走る急行列車がありましたし、無謀なスピード競争の賜物だったとはいえ、平均時速84kmで走る急行列車が存在しました。ちなみに、現在新宿から松本へと向かう在来線特急「あずさ」号の平均時速が81km*4ですから、その速度がどれほどのものかおわかり頂けるかと思います。 当時のブレーキは、限られたブレーキ装置一つ一つにブレーキ番がいて、運転士(蒸気機関車の機関士)が鳴らす警笛を元に「ブレーキをかける」という取り扱いをしていたわけですが、やがて各車両にブレーキ装置(制輪子)をつけ、それを取扱者が鎖で引くことで一斉にブレーキがかかる「鎖ブレーキ」が生まれます。さらには、列車全体にブレーキ管を通し、蒸気機関車に設備した真空制御器によって空気を抜き、大気圧の力によって各車両のブレーキをかける「真空ブレーキ」へと発展します。 これら2つの方法には、共通した欠点があります。 もしもブレーキ装置をつなげる鎖や、空気を抜くためのブレーキ管が壊れると、列車はどうなるでしょうか? …答えは簡単です。切り離された側の車両にブレーキをかけるためのすべはありません。坂道であれば、そのまま加速をつけて列車は暴走をはじめます。その先は…、ご想像の通りです。 長野政雄氏の顕彰碑 |  | 明治42年、旭川・稚内間を結ぶ宗谷本線の塩狩峠で、登坂途中の車両が分離、一部車両が逆走する事故が起きた。 このとき、自らの身を挺して暴走を止めた鉄道員が長野政雄氏だった。 車両の分離をくい止める機構と、分離と同時にブレーキがかかる仕組みがあれば、このような犠牲は起こり得ない。 この事故を題材にしたのが故・三浦綾子氏の代表作「塩狩峠」で、昭和43年の初版以来300万部を超えるベストセラーとなった。 | | | 車両が切り離された場合でも、乗客に危険がおよばないようにするにはどうすればよいでしょうか?… 先ほど紹介した方法は、いずれも通常はブレーキがかかっていない状態で、力を加えることでブレーキを「かけて」いました。 これを逆に、通常はブレーキがかかっている状態で、力を加えることでブレーキが「ゆるむ」方法にするとどうでしょうか。これだと、もしブレーキ管やブレーキ装置に異常があっても、自然とブレーキがかかるようになります。 この方法を実現したのが「自動空気ブレーキ」で、通常はブレーキがかかった状態、列車を発車させるときは各車両に圧縮空気を送り込みます。 ブレーキをかけるときに空気を抜くという方法は「真空ブレーキ」と「自動空気ブレーキ」で共通ですが、「自動空気ブレーキ」の方が万一の際には自動で列車を止めるため、安全側に作動することがおわかりいただけますでしょうか。現在の鉄道の世界では、各装置がどんな故障を起こしても、列車の運転に対しては絶対に安全の側に動作するように設計されています。これを『フェールセーフの原則』といいます。 |