「直流」と「交流」
chapt.02−のぞみ、光り輝く
Dreams on a Railway
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 「直流」と「交流」。「電気を流す」というその一点に於いては同じなのですが、その仕組みは異なります。

 直流は電圧を変えずして電流を流す方式です。一方の交流は電圧が時間とともに規則正しい波を描くように変化していくものです。発電所から送られてくる電流は交流であり、それも波形が一つだけではなく三つあり、それぞれの波形を重ね合わせると「0」になる「三相交流」とよばれるものです。

 「電車」と一言で言っても、この「直流」と「交流」があるわけです。でも、どうして二種類も必要となったのでしょうか?…それをこれから考えていきましょう。

 歴史的には直流電化の方が古く、営業を始めたのは1895年。電気を変電所にて電車が使いやすい形(*7)にしてから架線(*8)に流すので、電車上の設備はモーターだけとシンプルになり、したがって安く電車を作ることが出来ます。
 一方の交流は2万ボルトという高い電圧で用いるので、変電所にて電圧を下げる際に生じるロスを低減でき、かつ変電所の数を減らすことが出来ます。

 おもしろいデータがあります。下の表は1964年に高山線を電化しようとしたときの試算です。高山線は岐阜から高山を経て富山へと向かう、全長225.8kmの山間の路線です。「直流」の場合は全線を、「交流」の場合は岐阜から27.3kmの位置にある美濃太田までを直流とし、残りを交流とする場合です。

高山線での電化方式の比較

高山線電化方式の比較

 数字の単位は100万円。
 交流方式の場合、途中の美濃太田にて車上切り替えを行うものとする。
 ただし、現在では後述する「交流饋電系統」を採用しなければならないため、地上設備も直流方式と同額になっている。

図:「鉄道工学ハンドブック」より

 お分かりのように、地上設備は直流の方が、車両設備は交流の方がコスト(*9)がかかります。このことから、本数が多い大都市近郊路線には直流が、本数がさほど多くない地域には交流が適していることがお分かりになることでしょう。

 交流の発祥の地は2カ所あります。一つは山形県内に、もう一つは福井県内にあります。この2ヶ所で、日本に2つある商用周波数(50Hzと60Hzがある、といえば何となくお分かりでしょう)に適応できるかを試してみたわけです。

 さて、そういった経緯もあり、北陸は交流が幅を利かせているかのように思われます。しかし、その中にも例外があります。富山港線と七尾線です。なぜこの2路線が交流大国の中で直流となっているのでしょうか。次はそれを考えていきます。

 富山港線は富山県の中心にほど近い富山駅と富山港を結ぶ8.0kmの近郊路線です。ですが、本数はラッシュ時でも30分に一本とそう多くありません。用いられている車両は交流と直流の両方を走ることができる「両刀遣い」というべき車両。富山駅からは交流の北陸線が走っています。交流のメリットは変電所間隔を長くできること。交流の変電所は40km間隔という広い範囲をカバーできますので、富山港線に変電設備を設けずとも北陸線のものをそのまま用いることも出来たはずです。実際に富山港線の変電設備が老朽化し、更新(*10)の必要がでたときに論議されたそうです。しかし、今もここは直流です。

 ここで「電波障害」という名の、宿命の一端が現れます。
 ここで、参考文献「ここまできた!鉄道車両」の説明を紹介します。

 電気回路には電源から電気を送り出す線(往路)と、戻ってくる線(帰路)が必要です。家庭で使うCDプレーヤやテレビなどのコンセントでは、必ず二本の線があります。一本の線からきた電気がCDを再生するという仕事をした後に、他の一本の線で電源へ帰っていくのだといえます。電車の変電所から送り出される電気はトロリ線で車両に送られるのですと述べてきましたが、車両のモータを回した電気はその後どこへいくのでしょうか。

交流の流れ

 交流き電のもっとも簡単な方式は、上図に示す「直接き電方式」と呼ばれるレールを帰路として用いる方式です。この場合にはモータを回した電気は車輪からレールを通って変電所に戻っていきます。通信誘導障害は、電線路の往路と帰路が接近していると両者の影響が打ち消しあい小さくなり、離れているほど大きくなります。とくに帰路にレールを用いる場合には、レールから大地への漏れ電流が通信線などを流通している信号に雑音を生じさせるなどの悪影響を及ぽす「通信誘導障害」が生じます。しかし、影響を及ばす通信線が近くにない場合には、非常にシンプルなき電方式として、直接き電方式は海外で多く用いられています。

参考文献:「ここまできた!鉄道車両」

 上の「通信誘導障害」が「電波障害」と解釈してよいでしょう。要約すると、変電所から出た電気が電車上で用いられ、変電所へ戻っていきますが、その経路にレールを用いると電流が漏れだし、電波障害を引き起こします。その度合いはレールから近ければ近いほど大きくなります。沿線が見渡す限りの牧場…というのなら話は別ですが、人口が密集している日本ではそれは無理でしょう。電波障害とは、テレビやラジオの受信時にノイズがのることで、テレビ画面にちらつきが現れたり、雑音が混じったりすることです。

 このほかにも、「電食」という現象が発生します。これは、地中の水道管など金属でできたものが、漏電した電流によって電気分解され、穴があいてしまうという現象です。

「BTき電方式」と「ATき電方式」

饋電方式の違い

東海道新幹線開業当初はBTき電方式を採用していたが、負荷電流が大きくなるとアークが発生してパンタグラフやトロリー線を溶損させるおそれがあり、保守上に不利を伴う。しかし、ATき電方式ならば変電所のき電電圧が車両に給電する電圧の2倍になるために変電所間隔が広げられ、従来25あった変電所を16に減らせられる。また、電磁誘導障害も軽減できる。

図・説明:「鉄道工学ハンドブック」より

 これらのことを防ぐために防ぐために、現在は「ATき電方式」という、レールとは別に電流吸い出し装置と言うべきものを設けますが、これにかなりの費用が費やされます。話が長くなりましたが、結局富山港線は元の直流のままと言うことになったのでした。ちなみに、このATき電装置のおかげで、本来地上設備投資が少ないのが交流の「売り」だったにもかかわらず、結局直流とコストがほとんど変わらないというものになってしまいました。

 では、七尾線の場合はどうでしょうか。七尾線は金沢(正しくは津幡というところ)から市民の3割がUFOを見たことがあるという羽咋を通って、中能登の中心・七尾や温泉で知られる和倉へとつづく路線です。ここは平成2年に電化がなされましたが、その際に直流が選ばれました。それはなぜなのでしょう?

七尾線用の車両
七尾線415系800番台 七尾線電化にあわせ、大阪近郊で走る直流電車を改造して導入された。直流化しても、金沢−津幡間が交流のために車両は交流と直流の両方が走られなければならない。
写真:筆者

 今度は交流の電圧の高さが響いてきます。建築限界というものをご存じでしょうか。列車の走行やそれに付随する設備が、他の障害物に当たらないように一定空間をあけることになっています。交流電化の場合、直流よりも余計に空間をあけなければなりませんが、その理由が「送電設備と構造物が近接していると、接地現象が起こる」ということなのです。接地とはショートのことです。構造物といえば、線路をまたぐ道路橋やトンネルがこれに当たります。
(ただし、七尾線にトンネルはありませんが。)

いずれにしても、交流電化の場合、直流電化の場合よりも大きな構造物を作らなければならないために費用がかかってしまいますし、交流電化にするために既設の構造物を作り替えるのには、その影響があまりにも大きくなってしまいます。ですから交流は必要以上には受け入れられないといえるでしょう。

 ですが、交流はそれほどにまでだめな存在なのでしょうか。

 交流電化方式。その誕生こそが鉄道の超高速化の曙だったといえるのです。

 交流では電圧が高いため、同じ電流を流した場合より高いエネルギーが得られます。言い換えると、交流と同じエネルギーを直流で得るためには、より高い電流を流さねばならなくなります。する
と、ちょっとしたパンダグラフ(集電器)の離線でも、架線の断線につながることになり、非常に危険です(*12)。そのため、直流電化方式の限界は時速160kmとされています(*13)。これは第三セクター・北越急行の設定最高速度であり、すでに限界が見えているということになります。

JR西日本681系「ホワイトウイング」
681系はくたか(ホワイトウイング) 北越急行の「スノーラビット」はこれと同型車である。
 北越急行線や湖西線など線形がよい直流区間ならば時速160km以上マークできるであろうが、コンスタントに出せるのは160kmが限界とされ、営業運転でこれ以上のスピードアップは期待できない。
写真:筆者

 交流電化は当初、経済的に電化が行えるものと期待されて登場したのかも知れません。しかし、いまやそののぞみは形を変え、高速化の夢を叶えてくれるのです。

(*7) 交流を直流に変換し、電圧を600Vまたは1500Vに降圧すること。
(*8) 架線=電線のこと。
(*9) コスト=費用のこと。
(*10) 更新=作り替えること。古くなった変電所を、新しく作り替えることを指す。
(*11) ノイズ=この場合、画面にちらつきが現れること。
(*12) 離線とは、パンタグラフが架線から離れる現象を指す。架線はゆるい円弧形を描くため、つなぎ目の部分で離線が生じる。そのため、離線は必然的に生じるといえる。離線の際に空気中を伝わる電気がスパーク(火花)をおこし、これが原因で直流の場合架線が切れる原因につながるとされる。
(*13) ここでは日本で主に使われている直流電圧の1500Vを基準に話を進めている。
 

はじめに
はじめに
参考文献
謝辞・出典
リンク・転載について
chapt.01
その先に続く鉄路
レールと鉄道
「鉄道」というシステム
鉄道「会社」のさだめ
時の流れが変えたもの
chapt.02
のぞみ、光り輝く
「標準軌」と「狭軌」
「標準軌」と「狭軌」
「直流」と「交流」
「TGV」と「ひかり」
そののぞみ、光の如く…
chapt.03
街を駆ける天使たち
天を舞うリボン
「下」を向いて歩いたら
街駆ける白馬
さらなる「新」交通
歴史との共存
chapt.04
時代が遺した巨構
上を向いて歩く時代へ
コンクリートとは何だろう
コールドジョイント
コンクリートの弱点
試行錯誤の光と影
過去への償い
未来への道標
chapt.05
光と影を抱きしめたまま
CHRoNiCLE−鉄道と事故の戦い
BRAKE−制動装置
BLoCK−閉そく方式
LoCK−連動・鎖錠
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国際化とトイレ
列車内トイレの功罪
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