従来、鉄道の限界は時速200km程度だろう、と言われてきました。しかし、様々な研究の結果、時速210kmでの営業運転が実現しました。当時の日本の技術陣は、さぞや鼻高々だったでしょう。この快挙に刺激されてか、その後諸外国も高速鉄道の研究を始め、ついにフランスのTGVは、その時点の新幹線の最高速度をさらに50kmも上回る、まさに超高速領域に踏み出しました。それ以上のスピードアップは不可能といったんはあきらめかけていた技術陣は、「それならば日本でも出来るはずだ」と再び挑戦、平成9年についに「500系のぞみ」でフランスと並ぶ時速300kmでの営業運転が実現したのです。 この先の限界はどれぐらいなのでしょう?どうして時速270kmは出せないと考えていたのでしょう?…それをここで説明します。 まず、時速210kmというスピードが出せるようになったのは、 - 平面交差(踏切)が一切ない
- 駅間距離が30〜70kmで、分岐器がきわめて少ない
- 曲線半径が大きく、勾配が緩い
- 高出力モーター、空気バネ、パンタグラフなどの高速性能のある車両の開発
- 信号方式を地上式から車上式とし、ATC地上子と車上信号による列車集中制御の実施
- 軌道の高規格化と、線路保守の大規模な機械化作業システムの導入
という条件だったわけです。(参考文献:図説・鉄道工学 第12章P226より) これらの問題を解決したことで、まず時速200kmの壁を突破しました。 では、鉄道が出せるスピードの限界はなせ起こるのでしょうか? そこで、高速になれば起こる現象を順に挙げていきます。 粘着性能 粘着力とは、第一章で述べた鉄道が走る原動力のことで、鉄車輪と線路の間に生じる摩擦力のことです。列車はモーターにより引っ張り力を与えられて前に進むのですが、この粘着力よりも引っ張り力が小さいと、ただ空回りしてしまいます。 これを解決するためにとられたのが、かつて蒸気機関車が行っていた「砂まき」で、セラミックを先頭の車輪がレールに接触するまえに噴射することで粘着係数を高めます。かつては時速350kmが最高といわれていましたが、前提条件をより厳密にしたうえで再検討したところ、限界となるのは時速444km程度だろうということになっています。 JR東日本の高速試験車・「STAR21」 |  | 1993年に登場し、理論値で444kmの時速が出せるとされ、試験走行で時速425kmをマークした。その結果はE2系以降のJR東日本の新幹線へとフィードバックされ、97年度に廃車となった。ちなみに現在の日本における最高速度記録は時速443km(300X系)である。 | 写真:鉄道ファン98年3月号 | | 波動伝播速度 パンタグラフは架線から電気を取り込みながら、列車の進行にあわせて移動していきます。そこで問題となるのがパンタグラフがトロリ線から離れる「離線」と呼ばれる現象です。 この現象をシミュレートしてみます。ピンと張った糸をふれてみると、糸が動きます。そして、波が発生します。この波を追いかけるように列車が動けば、パンタグラフは架線から離れ、集電できないという現象が起こります。この解決は数式を解けばわかるのですが、まず波動伝播速度の方が列車速度よりも速くしてやる必要があります。そして、これを大きくするために、架線の張力を大きくする(強く引っ張る)か、線密度を小さくする(軽い架線を用いる)ことで解決します。 自励現象 自励現象とは、振動する外力がないにも関わらず特定の振動数で振動する現象です。 鉄道に影響を及ぼす自励現象には二種類あります。 一つはパンタグラフが空気力によって持ち上げられるもので、上下に運動して離線・着線を繰り返すことです。集電性能が落ちることはいうまでもないことでしょう。 もう一つは蛇行動といい、高速になれば車体や台車がいきなり激しく左右に揺れ出す現象です。これは輪軸が左右に動くことで左右の車輪に半径差ができ、一定の振幅で車輪が右へ、左へと蛇行するために起こるもので、その振動加速度は最高4Gという非常に高い値になります。これが起こるのは、車輪とレールと当たる面に勾配がついているためと、レールが直線部でも、約1/10内側に傾いているためです。これによって車輪とレールが接する面を小さくし、より効率的な運転ができるようになるためです。また、脱線しかかっても元に戻そうとする力、「復元力」が働くことも一つの要因でしょう。その勾配の角度は大きい(直角に近い)ほど脱線しにくくなりますが、接する面が大きくなるために摩擦が生じ、早く設備が劣化する(ボロボロになる)ことになってしまいます。 話を戻しますが、いずれも設備を壊してしまう可能性を持つのみか、安定した運転を妨げる要素となります。自励現象の解決には「系の見直し」、たとえば形状や材質を変えるとか、台車と車体の据え付けを「剛」(頑丈)にするといったことがあげられます。 幾何学的蛇行動 | | 車輪とレールが接する面・踏面勾配は、輪軸が左右にずれたときの復元力を果たすが、同時に幾何学的蛇行動(台車蛇行動)の発生要因となっている。 | 図:「ここまできた!鉄道車両」より。 | | 走行抵抗 一般的にネックになると思われるのがこの走行抵抗(空気抵抗)です。 実際にこれは高速になるほど影響を及ぼし、走行抵抗の式の中には速度の二乗で影響する項もあります。ただ、意外なのは、先頭・後尾の走行抵抗が全空気抵抗に占める割合はたったの一割。鉄道の場合は列車表面のなめらかさが重要になってくるのです。 走行抵抗の式 |  | - R:走行抵抗、
- a,b:機械抵抗の比例係数
- V:列車速度
- W:列車質量
- ρ:空気密度
- A:列車断面積
- Cd:先頭部・後尾部の
圧力抵抗係数の和 - λ:列車表面のなめらかさ係数
- L:列車長
- l:列車断面の周長
走行抵抗は、列車重量を軽くすること、列車表面をよりなめらかにすること、列車断面をより小さくすることで小さくすることができる。 | | | 騒音問題 しかしながら、現状でもっともスピードアップに影響するのはこの騒音問題ではないでしょうか。原因は3つあります。一つは空力音、一つは集電系騒音、残る一つは構造物音です。 空力音は走行抵抗に関係します。車体やパンタグラフから生じるこの音は、速度のほぼ6乗に比例します。たとえば、300kmの列車を350kmにスピードアップするとすれば、その空力音はなんと2.5倍にもなります。したがって空気抵抗を小さくしなければなりません。 また、トンネル突入時に発生する微気圧波も問題です。これは筒にコルクを詰め、一端からゴム栓を押し出すと、ポンと音を立ててコルクが飛んでいく現象を思い浮かべていただければわかるでしょう。これを防ぐために、新幹線の形状は次々と変わっていき、最近では「カモノハシ」型先頭車両が流行です。また、トンネル自身にも工夫が凝らされ、突入時の圧力波を減少させるために「緩衝工」と呼ばれるフードを作り、二段階で発生するような工夫をしています。また、トンネル天井に第3の穴を設けて、圧力波を外に逃がす工夫もしています。 トンネル緩衝工 |  | トンネル突入時の微気圧波を二段階で発生させるために設けられた緩衝工。山陽新幹線は山間を走るため、特に必要とされる。 | 写真:JR西日本「人とテクノロジーの融合で真のサービスを目指して」より | | 集電系騒音は、パンダグラフが架線をこすってでる音や、パンタグラフカバーによって空気流が乱され生じる空力音のことです。架線をこする「しゅう動音」は速度によらないため、結局ここでも空力騒音が問題となります。 時速300kmを超えると、カバーが発生する音とカバーにより抑えた音とが同程度になるうえ、カバーのせいでパンタグラフが離線しやすくなったり、カバーに当たる空気力が車体を揺らして乗り心地を損ねるという矛盾も起こりました。そこでカバーに頼らない、低騒音のパンタグラフを開発されました。500系のぞみについている「翼型パンタ」と呼ばれるものがそれです。 翼型パンタグラフ |  | 500系のぞみのパンタグラフ。98年度鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞したこの車両には、随所に新技術のエッセンスが施されている。 | 写真:JR西日本「人とテクノロジーの融合で真のサービスを目指して」より | | 構造物音は、列車が走行することで主に高架橋が音を立てるというものです。解決策として、軌道を強化することや防音壁を設けること、車輪とレールを軽量化することがあげられます。 このように、高速走行では、単にモーターの出力をあげるだけではどうにもならない「物理現象」が発生します。高速走行を実現するには、一つ一つのパーツにも細心の配慮をし、実験を積み重ねていかなければなりません。 どう頑張っても、鉄軌道系の限界は見えています。それを乗り越えるための技術が磁気浮上式鉄道、いわゆる「リニアモーターカー」です。しかしその実現にはまだまださらなる技術開発が必要ですし、資金が必要です。 人間の飽くなき欲と、それを実現する技術開発の成果が、新幹線には詰め込まれています。 いずれはより身近に、より速く、そして生活環境に優しいシステムが開発されるかもしれません。夢はまさに「ひかり」のようなものといえるでしょう。 |