国鉄時代はおまけの一つとしてとらえられていたトイレ。JRへと民営化され、『平成』という新たな時代になって、サービス向上の精神と技術力の進展があって、着実にトイレのグレードがあがってきました。 まず、自動水洗の導入は、使用後に常に流してくれるために心理的に清潔感が生じます。自動水洗は導入時にコストがかかりますが、ランニングコスト(使用したり、維持するための費用)が抑えられるので、今後も利用の多い駅を中心に自動水洗化が図られていくに違いありません。先に述べた大便器用自動水洗も、トイレの清掃労力を減らすのに貢献すると判断されれば、必ずや普及していくでしょう。 先の節で『和式便器は施工性が悪い(作りにくい)』と書きましたが、和式便器の改良も進んでいます。そもそも、和式便器は本質的に明治維新の前からあのスタイルであるわけですから、今まで手が着けられなかったことがそもそもの謎なのです。 まず、コンクリートの床にステンレスで出来た箱形のケースをあらかじめ埋め込んだ「カセット方式」があります。これなら工場で組み立てられるので、現場で為すことが減り、出来が均一になる(施工精度が上がる)ことになります。また、形を自由に作れますから、思い切り大きなものも、便器を床面と同じ高さにする(段違いをなくす)ことも出来ます。(もっとも、まったく平らにしてしまうと、目が不自由な人にとってはどこからが便器かわからなくなるので、ある程度残す必要があります。) また、洋式の利点を和式に取り入れる試みもなされています。水の流し方や、汚物を早く水に流す方法、知られぬところでは薄型トイレの開発などです。薄型トイレの利点は、これまで作りにくかった場所、たとえば橋上駅舎などにも、配管のために設けていた余計な床の嵩上げや、トイレで用を足すときに上らねばならなかった階段も不必要になります。 和式トイレと比較して、ほぼ全方位で勝っている洋式トイレ。唯一決定的に劣るのは「便座に直接肌がふれあうこと」と述べました。ですが、家庭への洋式トイレの普及は年々浸透し、新築の家ではほぼすべてが洋式トイレを採用しています。家庭のトイレでは許されても、外では拒否反応を示す、その最大の理由は「どこの誰だかわからない人が使った後に座るのはいやだ」ということでしょう。 これを解決するためにさまざまな方法が考えられています。一つは紙製の便座シートを敷くことで、もう一つはプラスチックフィルムの袋をかぶせることです。しかし、いずれも維持管理に手間がかかり、特に紙製の場合、水を余計に流さねばならなくなったり、紙が切れることも多々あります。 そこで考案されたのが、便座を消毒洗浄し、乾燥する方法です。これならば使用する水量・電力も少なく、メンテナンスも簡単なので、安心・確実です。これは横浜の山下公園で採用されています。 インテリジェントトイレ |   | 上から順にクリーニング便座方式、インテリジェントトイレ外観、タブーレス小便器。 いずれにも工夫が見られ、21世紀のトイレと言っても過言ではない。 | | | この山下公園のトイレ、「インテリジェントトイレ」の工夫はほかにも随所に施されています。たとえば、男性小便器。男性小用の「最後の一滴」が匂いを生み、トイレを汚すのであれば、用を足した後、床の一部にも水を流すことで、においの元をぬぐい去ってしまおうというものです。これは横浜の山下公園に設置されています。また、フランスには、自動でドアが開閉し、内部は音楽が流れ、天井から自然光が入るという『演出面』だけではなく、使用後には化学薬品で、便器はもちろん壁面まで洗浄してしまうものまで登場しました。 さきほど「内部に音楽を流し…」とありましたが、用を足す音が外に漏れるのは、出す方も聞く方もいやなものです。ですから必要以上にトイレットペーパーを回してみたり(JR北海道の駅にはトイレットペーパーがあるところもある)、水をたくさん流してみたりするわけです。ここで環境音やオーケストラなどを流すと、こういった「無駄」が無くなり、落ち着いて使えるのではないかと思います。これはデパートや公園のトイレなどですでに採用されています。 話は少し変わりますが、女性は小用でも大便器を使います。が、小用では6Lで済みますが、大用では12Lの水が必要とされます。人によっては水を最後に1回だけ流す人もいますが、最初に流し、途中に何度か流し、最後に何度か流すという人もいます。そこで、小用と大用では滞在時間が異なることを活かし、センサーによって、ある特定回数を境に水を流す量を変えるという方法も考案されています。これはトイレのきれいさとは直接関係はないことですが、節水という名の地球環境保全に大いに貢献することになりましょう。 トイレを多機能空間にする試みも進んでいます。たとえば着替えをしたり、女性の場合は化粧直しをする。このような空間づくりはJR東日本の有料トイレや、JR九州の787系特急「つばめ」号に代表される特急群などに採用されています。さらには、ヨーロッパにあるシャワーを設けたものや、駅には高速道路のサービスエリアに設けられているような仮眠スペースもあれば…などと夢は広がります。 ただ、勘違いしないでほしいのは、駅のトイレにしても列車内トイレにしても、本来は必ずしも立派な設備を作らなくともよいという点です。利用客は鉄道会社に料金を払います。鉄道会社はもらった料金で客を目的地へと安全に運びます。料金はそのための費用であって、トイレというものはそれに付随するサービスの一つ、つまり「おまけ」でしかありません。言い換えれば、トイレは生理現象のはけ口であればいいので、言ってみればどれだけ汚くともあればそれでよし、うちの会社はトイレ屋じゃないぞという開き直りはあってしかるべきだと思います。よりグレードの高いサービスを求めるのであれば、より高い、それに見合った料金を支払うべきです。ですから、諸外国では当然とされているトイレのチップ制も、首都圏で登場しています。立派なトイレを作るのにも、きれいなトイレを維持し続けるのにも大変な労力と費用がかかります。そのようなトイレを求める人が、それに見合った費用を支払うのはいわば当然でしょう。 JR九州787系「つばめ」 |  | 1992年の登場後、8年たった今もその斬新さは少しも衰えない787系車両。 トイレに化粧室を入れ、着替えられる空間づくりも、この787系が最初である。 なお、同列車は、はじめて通産省のグッドデザイン賞、鉄道友の会の最高栄誉・ブルーリボン賞、鉄道デザインの国際賞・ブルネル賞の3つを総なめにした車両としても知られている。 | | | 駅や列車のトイレが旅の主役になることはありません。ですが、トイレはいわば演出できる空間です。きれいなトイレはそれだけで旅の思い出になりますし、汚いトイレはそれをとり囲む駅や列車をも醜いものにしてしまう魔力を持ちます。国鉄時代には気づかなかったことに手を着けさせた、これが国鉄という国有公営会社からJRという民間企業へ転生してから変わった最大のポイントでしょう。 |