公衆トイレのイメージといえば「汚く、臭く、じめじめしている」といったさんざんなものでした。しかし、男子小便器や洗面台の自動水洗が普及し、あまつさえJR東日本五日市線の武蔵五日市駅(東京都あきる野市)のように、自動水洗大便器なる変わりものも登場し、徐々に改善されてきています。最近の新型列車では、それまで男女共用、和式便所一本槍だったのが、まず男子小便器の独立・洋式トイレの導入・手洗いの自動水洗化から、においの少ない真空式の導入・男女別空間の確保へと変化しています。 さて、こういったムーヴメントが起こるのにも、それぞれ理由があります。これを次の項で説明していきたいと思います。 まず、公衆トイレを使う「人間」の行動を見ていきましょう。 公衆トイレは多くの人が使います。ですから、十人十色、使い方もまちまちです。世の中には「水を流さない」人、「トイレに鍵をかけない」人が男女ともに10〜15%ほどいます。これらの人々は、別段悪意があってやるわけではなく、どうやら無意識のうちにやってしまうもののようです。人間は「こういうときはこうするものだ」という概念があってはじめて行動するものです。ですから、たとえば「トイレを使った後は水を流すものだ」という考えがなければその行動に結びつくはずがありません。それには幼い頃の教育(しつけ)がものをいうのですが、文献1によると、「家庭でトイレマナーについて指導を受けた」かどうかを大学生に対して質問したところ、「受けていない」と答えた人が55%と過半数を超えています。また、幼稚園児の親に対して公衆トイレを使う際に心がけねばならないマナーを問うたところ、複数回答であるにもかかわらず4割しか「使用後水を流す」しつけを留意させていないことがわかります。だいたいの場合、成長すれば自ら社会マナーを体得するものですが、中にはそうでない人がいる。そういうことです。 では、公衆トイレの宿命ともいえる、あの「悪臭」はどうして発生するのでしょうか。 においの主役は「小」の方にあります。「大」も確かに匂いの元ですが、便器の形を変えたり、換気をしっかりと行うことで取り除くことが出来ます。 体外へ排泄された「小」はしばらくの間はにおいませんが、10〜15分経過してからが問題なのです。水を流し、トイレを清掃しても落ちなかった汚れはやがて変質し、スライムや「尿石」とよばれるものへと変化します。これが強烈な悪臭を放つ原因になります。 このスライムや尿石が主に付着するのは、便器の内壁部や前カバーの裏側、便器・壁面・床面がそれぞれ接する部分、床タイルの目地や排水器具です。よほどしっかり清掃しないと汚れが残ってしまい、それがさらにバクテリアや匂い成分の温床となってしまうのです。 さて、地元・北陸鉄道野町駅のトイレもそうなのですが、多くの場合、男性用小便器の前に特有の「シミ」があることをご存じでしょう。これも美観を損ねるだけではなく、臭気発生の重大犯人なのです。 この「シミ」が発生する要因は大きく分けて二つあると思われます。一つが「跳ね返り」。もう一つは「最後の一滴」です。 「跳ね返り」は、角度を誤ると起こるものです。実験したければ、ズボンを脱いでトイレで用を足してみましょう。きっと膝のあたりが「ひんやりと」するはずです。 ですが、それ以上に深刻なのが「最後の一滴」です。「跳ね返り」はたかが知れてますし、あちこちに広がって返ってきますが、「最後の一滴」は一カ所に落ちます。意識しないと床に落としがちですし、年をとるほど「しずくの切れ」が悪くなり、だらだらと出る傾向にあります。これに悪意はないでしょう。その滴がやがて床に吸い取られ、シミとなるのです。 排尿曲線図 | | 上が正常な状態、下が前立腺肥大時。このように、年をとると尿が止まりかけてはまた出るといった状態が続く。 | 図:トイレットのなぜ?より | | このシミはタチの悪いことに、モップや靴で踏むと強烈な匂いを発生します。さらに、このシミの発生源が何かをほとんどの人が知っているので、便器から一歩遠ざかって用を足そうとします。すると余計にしずくが垂れて、永遠の悪循環に陥ることになります。 では、大便器の汚れはどうでしょうか。「小」は嗅覚に毒ですが、「大」は目に毒です。特に大便器ブースは狭く、また和式の場合しゃがまねばならないために汚れが衣服や靴につくおそれが高くなります。そのため人によっては新聞紙や雑誌を無意識のうちに敷き詰めてしまうそうです。それはさておき、多くの場合、汚れは便器の後ろ側についています。横についたのは明らかに「ねらいが悪かった」と片づけられますが、後ろの場合はそうもいきません。考えられる理由はいくつかありますが、 - あまり前に近づきたくない
- 便器が小さい
- 排水穴が後ろにあるのでねらおうとし、失敗
というパターンが考えられます。 まず、3番目に挙げた「排水穴が後ろ」というものについて考えてみましょう。金沢駅のトイレもこのタイプですが、排水穴が後ろにある理由は2つあり、一つは早く沈めてしまって匂いを封じてしまうためで、もう一つは節水をしたいためです。前部に排水穴があるタイプだと、後ろにつもった「茶色の小山」を運ぶのにある程度の水の勢いが必要となります。一方、後ろに排水穴があれば勝手に落ちてくれるので、水は汚れを落とすためだけでよくなります。しかし、本来普通にかがめば穴に落ちてくれるにもかかわらず、意識的に後ろに下がるものだから、結果として後ろに汚れがついてしまう。こういうメカニズムが成り立っています。もっとも、一度失敗すればそう失敗することはないでしょう。あまり見かけないタイプだからこそ犯してしまう過ちなのかも知れません。 1番目の「あまり前に近づきたくない」というのには、前に近づけば、言わずと知れた俗称「金かくし」があります。が、これが汚れていては、いや汚れているかも知れないと思えば、近づくほどに自らに汚れがつく可能性があります。そこで防衛的に心持ち後ろに下がって…となって結末はもうお分かりでしょう。 最大の問題はこの2番目の「便器が小さい」という点です。便器の大きさは日本工業規格(JIS規格)で、1995年、つい3年前まで560mmと決められていました。ところが、この規格を決めたのが1950年。この半世紀で日本人の体格がよくなり、特に著しく足が伸びました。現在では「出来るだけ採用してほしい寸法」ということで、新たにおおよそ10%大きくなった610mmのものが登場しています。そんなわけですから後ろに汚れが目立つのは、当然といえば当然だったのかも知れません。 さらには、世の中には、困ったことに100人に1人の割合で、公衆トイレにダメージを与える「習性」を持つ人がいます。傾向としては、汚いトイレなら何をしてもかまわないというもののようです。たとえば、一つあると連鎖するように増えていく、トイレの落書きもそうです。ここから汚いトイレをきれいにすることがいかに困難であるかがお分かりいただけるでしょう。 |