コンクリートは様々な材料から成り立っています。それぞれが問題のない健全な材料であれば、構造物のトラブルは起こりにくいといえます。しかし、日本の発展と共にコンクリートを用いた構造物が急増する中で、優れた材料がいつまでも安定して得られ続けるということは考えられません。そう、限られた自然の中では…。 1999年7月5日、同じくJR西日本山陽新幹線の高架橋からコンクリート片が落下した原因として考えられたのは、塩害、中性化、そしてアルカリ骨材反応。マンションなどの建築物でも数多く発生しているこれらの現象は、一体何でしょうか。 コンクリートにとって理想的な砂は、川砂です。しかし、大きな川が少ない近畿よりも西では、その入手は難しいものです。そこで思いつくのが海砂です。日本は海に囲まれていますので、砂浜には事欠きません。しかし、海といえば塩水。海水を存分に浴びてきた海砂は、多量の塩分を含んでいます。塩分そのものがコンクリートに対して悪影響を及ぼすことはありません。しかし、コンクリートに強度を持たせるための鉄筋には致命的なダメージを与えます。 海砂を年間10万m3以上使用している地域 | | 近畿以西では川砂の代わりに海砂を豊富に使用している。東北・北陸・山陰地域は主に海浜砂、近畿・中国・四国・九州地域は主に海底砂、沖縄はその両方を用いる。 なお、塩分は海底砂により多く含まれる。 | | | コンクリート中では、鉄は化学変化を起こした「不動態皮膜(*6)」と呼ばれる「バリア」を作ることで自らを守っています。この不動態皮膜は、コンクリート中を満たす「水酸化ナトリウム」や「水酸化カリウム」というアルカリ性の水溶液がある場合にできあがります。しかし、塩分はそのバリアを無情にも破壊していきます。鉄は化学反応を起こしやすいと記しましたが、すでに化学反応を起こした鉄とも塩分は反応を起こします。反応してできたものは水に溶けてしまい、本来果たすべき役割を期待することはできません。しかも、コンクリート内部で起こる反応のため外から判断することが難しく、そのため気付いた時にはすでに手おくれ、ということもあり得ます(*7)。 「バリア」とも呼べる「不動体皮膜」は、コンクリートがアルカリ性のときに形成されます。しかし、コンクリートがアルカリ性ではなくなればどうなるでしょうか?…答えは「バリアも共に消えていく」です。これがコンクリートの「中性化」なのです。 中性化は、空気中の炭酸ガス(二酸化炭素)とコンクリートが反応することにより、別の化学物質となる現象を指します。その結果、コンクリートはアルカリ性を失います。そして、鉄筋を守る「バリア」も消えていきます。炭酸ガスはコンクリートにある細かい空隙やひび割れを伝って内部へと浸透していきますが、コンクリートには「かぶり」と呼ばれる2〜3cmの中性化から鉄筋を守るための層をもって余裕を持たせています。そのため、構造物を使用し続ける予定の期間内は中性化による被害をくい止められるようになっています。…ただし、それはコンクリートがちゃんとしたものであればの話。そう、工事中に加水など手抜きを行った場合はこの限りではありません。 「バリア」を持たない鉄筋は、空気中の酸素によってさびていく運命にあります。鉄はさびる際に、体積が膨張しようとします。コンクリートの内部から鉄筋が膨らもうとする力が働けば、コンクリートはその力に抗しきれず、ひび割れを起こしてしまいます。そうして出来たひび割れを伝って、また新たなさびの原因となる水や酸素、そして二酸化炭素が入り込む…。まさに死への一途をたどるのみです。 中性化による鉄筋腐食と コンクリートひび割れのメカニズム | | 左図では、中性化の進行により鉄筋腐食が開始する状態を、中図では腐食の増大によって鉄筋が膨張し、その圧力によってコンクリートにひび割れが発生する状態を、右図ではその結果コンクリートが剥離・落下し、腐食した鉄筋が露出する状態を示している。山陽新幹線高架橋のコンクリート落下事故は、このケースの場合が多い。 | 図:「コンクリートが危ない」より | | アルカリ骨材反応とはなんでしょうか。 中性化のはなしで、コンクリートはアルカリ性でなくてはならないと記しました。しかし、このアルカリ性とコンクリート中の骨材とが化学反応を起こし、このときに出来る生成物が水分を吸収して膨張し、コンクリートを変形させたりひび割れを起こすのがこの「アルカリ骨材反応」なのです。 ここで「アレ?」と思いませんか?……コンクリートは、セメント・水・骨材(砂利・砂)の3つの相性が良いために頑丈な構造物として機能しうる、とお話ししました。しかし、セメントと水が反応して出来るアルカリ水溶液と骨材、そして水が化学反応をおこして膨張し、コンクリートを壊してしまうのであれば意味がありません。どうしてこのようなことが起こるのかというと…、この骨材が実は曲者だったのです。 骨材として用いるものは、自然界にある石や砂そのものです。その石も様々な成分から成り立っています。石の色一つをみても、白色や灰色のものもあれば緑色や赤色のものもあります。その中で、たまたまアルカリ水溶液と化学反応を起こす「反応性シリカ」とよばれる成分が含まれている場合に、このアルカリ骨材反応がおこってしまいます。 アルカリ骨材反応によるひび割れと補修 | | 火山ガラスを含む安山岩と微小石英を含む砂岩および粘板岩を含んだ骨材を使用したことによって起きたアルカリ骨材反応。鉄道高架橋のみならず、一般の住宅団地にもアルカリ骨材反応は発生しており、コンクリートの美観を損ねるのみならず雨漏りが発生するなど、機能性も低下させている。 | | | アルカリ骨材反応は、コンクリートのガンとも呼べる深刻な障害です。しかし、その発生を起こさないようにするのも、なかなか難しい話です。 (*6) 不動態皮膜=[γ-Fe2O3・nH2O]。厚さ約3mmの緻密な酸化皮膜のこと。 (*7) 塩化物イオンによる鉄筋腐食は、電気的に進展する。鉄鋼のうち、不均質な部分鉄イオンと電子を放出する部分をを「アノード(陽極)」、電子を受け取って酸素を還元し、水酸基イオンを生じさせる周辺部を「カソード(陰極)」とすると、形成されるアノードが局所的となり、アノード/カソードの面積比が大きくなる。そのため、腐食は深部へ向かって加速度的に進んだ結果、断面欠損を引き起こす結果になる。 | |